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翻訳とWeb制作を基礎から分かりやすく学ぶ

MTやMTPEの話で思い浮かべるもの

業界誌やSNSなどで機械翻訳(MT)やポストエディット(PE)の話が盛り上がるたびに、自分でも何か言いたいという気持ちが頭をもたげるのですが、結局まとまらず、ブログの下書きだけが増えています。そこで、あまり深く考えず、単純な話だけ挙げておこうかと思います。

3年半ほど前、こんなものを書きました。
料理人になりたいのにファミレスでチンだけしているように思える件
これは、多言語翻訳のコーディネーションについて書いたものですが、MTやPEと聞くと、このように、料理人になりたいのにレンジでチンしている状況が頭に浮かびます。

とは言いつつ、レンジでチンした調理を出すファミレスの方がMTPEよりよいのかなと思っています。

ファミレスの各店舗に本部または流通センターから調理済み食材が届きます。調理場(?)ではそれをチンするなり皿に盛りつけ直すなりするのかもしれません。(ファミレスで働いた経験はないため勝手な想像です。)それでも、商品開発部門が検討を重ねたものでしょうから、味は保証されているはずです。食べられないほどまずいものはまずないでしょう。もちろん、高級料亭やレストランのようにはいかないかもしれませんが、金額の違いからして、客もそこまで求めないでしょう。

ではMTPEはどうでしょうか。味(品質)の保証はあるのでしょうか。

機械翻訳の話をする中で代表例として誰でも思いつくのはGoogle翻訳と思われます。ときどき冗談のような翻訳結果がSNSでネタとして共有されています。試してみると、本当に笑える結果が出ます。でもこれが仕事だとしたら笑えません。

これが、本部から届いた調理済み食材と考えてみます。チンして食べられるものでしょうか。盛り付けに手を加えて出すだけで問題ないレベルのものでしょうか。お客様は「こんなまずいもの出して、おもしろいな」などと笑って許してくれるでしょうか。

わたし自身はMTPEは経験していないのですが、「最初から自分で訳した方が早い」「ちょっと直してどうにかなるものではない」というような声も耳にします。つまり、野菜などの材料を一から調理した方が早いということです。手を加えても食べられないようなものが届くことがあるということです。

機械翻訳を開発している会社は、人間の翻訳と変わらない結果を得られるようになったというような売り込みをしているように感じられます。ゆで卵のように、お湯の温度と時間を決めておけば、かなりの確率で望み通りの茹で具合を得られるものもあるかもしれません。このゆで卵ようなものが売り込む際に例として使われているのではないかと疑ってしまいます。

実際にファミレスで出す料理はゆで卵だけではありません。というよりは、ゆで卵単品で出すことはまずないでしょう。メニューに載っている料理を従来と同じ品質で作れるのであれば、また新メニューをおいしく作ることができるのであればよいでしょう。現状はそこまでできているのでしょうか。

このように考えていると、少なくとも、店舗を継続的に営業するに足るだけのメニューをチンするだけで出せるレベルになるまで、実務で使うべきではないと思ってしまうのです。一から作り直す(もう、直すではありませんね)必要があるようなものを売り込むべきではないと思ってしまうわけです。

こんなことを書いていますが、決して機械翻訳というものを否定しているわけではありません。もし完璧あるいは完璧に近いものができ、世界中の人が苦も無く話すことができ、お互いを理解する助けになるのであれば、それが世界のためになるのであれば、わたしだって機械翻訳を歓迎します。でも今はそうなっていないのです。このレベルのものを容認すれば、人は壊れた言語に慣れてしまうでしょう。今のままMTやMTPEを認めて行くと、言葉が破壊され、ひいては文化も破壊されてしまうのではないかと思うのです。

機械翻訳を推進する人は、それによる影響も考慮してほしいと思います。まずは十分な品質のものを出力できるよう努めていただきたいと思います。そのときそのときの進歩の具合を紹介するのはよいでしょうし必要でしょう。でも不完全なものを実務でも使えるなどと売り込まないでほしいと思います。

まとまりがなくなってしまったかもしれませんが、翻訳者は翻訳者の本分をわきまえて果たさなければいけませんし、機械翻訳の開発企業はその本分をわきまえて果たすべきと考える、ただそれだけです。


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