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『マイノリティ・リポート』の字幕翻訳は間違っているのか、一つだけ検討してみた

Minority_Report

戸田奈津子さんの字幕翻訳に対するネット上での批判は数多くあります。そのうちの一つ『マイノリティ・リポート』の字幕翻訳が本当に間違っているのか検討してみました。

1. 『マイノリティ・リポート』の紹介

2054年のワシントンDC。犯罪予防局の刑事ジョン・アンダーソンは、予知能力者・プリコグの透視により、次々と犯罪を未然に防いでいた。ところがある日、プリコグが透視した犯人の名がジョンだったことから、彼は予防局に追われる立場に追い込まれる…。

2. 検討する前に

検討する台詞「Wall screen.」

主人公(トム・クルーズ)が帰宅し、息子のビデオを見るのですが、コンピューター(あるいは映像機器)に映像メディアを挿入し、この台詞を言って映像を壁に投影させます。

「Wall screen.」(原文)
「壁スクリーン」(戸田さんの字幕)

ネット上での批判意見

みなさんの批判をおおざっぱにまとめると「誤訳」、「直訳」、「戸田奈津子の字幕では楽しさも5割減」。

では、批判している皆さんはどのような訳であるべきと考えているのでしょうか。不思議なことに次の訳で意見は一致しているようです。

「壁に映せ、再生」

なぜか他の訳し方を上げている方は見当たりません。

どうして検討しようと思ったか

なぜ戸田さんの字幕を検討しようと思ったか、それはネット上で見られる意見・批判が妥当なものではないと感じられたためです。また、今回取り上げる台詞に限って言えば、字幕翻訳に関する理解がない中での批判、安易な批判ではないかとも感じられます。

ちなみに私は字幕翻訳・映像翻訳が専門ではありません・・・

検討すること

次の2点について検討します。

  • 「Wall screen.」の字幕「壁スクリーン」は映像翻訳・字幕翻訳として妥当か?
  • ネット上の批評家の言う「壁に映せ、再生」は本当によりよい訳なのか?

まず個人的な見解

実際に映画を観た結果、次のように考えます。

  • 字幕「壁スクリーン」は妥当な訳である。
  • 「壁に映せ、再生」は決してよりよい訳ではない。

3. 検討してみた

検討の観点

次の観点から検討してみます。

  • 台詞の状況
    映像を投影する場面の状況から、「Wall screen.」にはどのような意味が含まれているのか?
  • 字幕翻訳
    文字数と時間が限られた字幕翻訳におけるよい訳とは?

検討(1)台詞の状況という観点

まず、映像を見る場面の流れを整理してみましょう。

  1. 子供の映像が記録されている数あるメディアの中から一つを選び取る
  2. 映像メディアをコンピューター(あるいは映像機器)に挿入
  3. 目の前にある機器を操作
  4. 「Wall screen.」と言うと壁に映像が投影される(映画では壁のようなスクリーンがバーチャルで作り出されているようにも見える)

このとき、主人公の目の前にはモニターがあり、手元(机の上)には機器が並んでいます。その機器を操作し、「Wall screen.」と言ったとたんモニターの表示が消えているように見えます。

考えられるのは、機器の操作をしている際に、すでに再生の操作もしているのではないか、また「Wall screen.」は単に表示先の切り替えを指示しているだけではないか、ということです。

もし表示先を切り替えるだけの指示であれば、壁に投影する、あるいは壁のようにスクリーンを目の前にバーチャルで作り出すということのいずれかになるので、「壁スクリーン」で正しいと考えられます。

仮に映像機器に対して、「壁」という投影先を示すオブジェクトと、「投影」や「再生」などの動作を示す言葉の2点を指示するとした場合、「壁に投影」や「壁に再生」のようになると考えられます。
「壁に映せ、再生」では、「映せ」と「再生」がいずれもplayの意味を持つため、同義語の重複により、冗長な表現となります。機械に対する指示であることから、なおさら冗長な表現は避けられるのではないでしょうか。

検討(2)字幕翻訳という観点

「Wall screen.」の発音を見てみましょう。「wall」は [wɔːl]、「screen」は [skriːn] と発音します。それぞれ1音節、合わせて2音節です。

音節という概念は、基本的には1個の母音を中心に構成されるため、原文である英語と訳文である日本語とは完全に対応させて考えることはできません。とはいえ、音のかたまりとして考える、つまり音の長さとしてある程度対応付けて考えることはできます。

「壁スクリーン」は、「壁」と「スクリーン」の2つのかたまりから構成されていると考えられます。つまり原文の「Wall screen」と対応していると言えます。字幕の場合(また吹き替えにおいても同様かもしれませんが)このような音節や長さを合わせることが大切であり、長さを(最近では口の動きも)考慮することも翻訳の技術となっています。

「壁に映せ、再生」はどうでしょうか。意味のかたまりや音のかたまりで考えた場合、「壁(に)」、「映(せ)」、「再生」の3つに分解されると考えられます。一つ多いですね。字幕で映画を観る場合、英語が短時間で発音されているのに、目で見る字幕が1.5倍となると、そのギャップは大きなものと感じられます。

結論

以上のことから、「Wall screen.」という台詞の状況から考えても、字幕翻訳であることを考えても、「壁スクリーン」は妥当な訳であると考えられます。また、「壁に映せ、再生」は妥当でない、もしくは誤っている可能性すらあることが考えられます。

4. まとめ

長々と書きましたが、映像・字幕翻訳者はこのようなことを瞬間的に、あるいは短時間で検討し、すべてを踏まえた上で、限られた文字数というしばりの中最善の翻訳をしていると思われます。

字幕をいちいち批判的な目で見ていたら、それこそ映画を楽しむことはできません。批判している方々は英語に対する造詣がおありのようなので、字幕なしで映画を観るという選択肢もあるのではないでしょうか。

人間だれでも間違いはあります。プロの翻訳者でも、もちろん間違いをなくそうと努力をしていても間違えることはあります。戸田さんの翻訳においてその間違いの量が多いか少ないかは分かりませんが。

いずれにせよ、他人を批判することは趣味がよいとは思えません。間違いを指摘することはあっても、個人攻撃はもはや悪趣味と言えます。しかも結果として自分の無知をさらけ出してしまう場合もあります。また悪意のある批判というのは見る人にもいやな思いをさせてしまうものです。

ほめるより悪く言う方が容易かもしれません。しかし、ネガティブな発言はネガティブなものしか生まないのではないでしょうか。
仮に間違いを見つけても、前向きな指摘ができるようにしたいものです。世の中にポジティブな影響のある発言が望ましいと考えます。


コメント

“『マイノリティ・リポート』の字幕翻訳は間違っているのか、一つだけ検討してみた” への2件のフィードバック

  1. より:

    壁スクリーンと訳すならもうそのまま「ウォールスクリーン!」でいいんじゃないかと思ってしまう。壁に映せ、再生。はないですね。
    未来の世界では壁に移すことが当たり前もしくは普通になってる場合、わざわざ壁に映せ、再生!なんて初代スタートレックのような言い方絶対しない。
    名詞が有名になりすぎて動詞として成り立っていると考えると、「壁に」とか「スクリーン!」とかだけでもいい気はしますが、
    元のセリフを踏まえるとやはり「ウォールスクリーン」でいいんじゃないかと
    まぁ文字数の問題で「壁」にしたんでしょうが

    • kyasu04 より:

      コメントありがとうございます。
      そのままカタカタ表記した「ウォールスクリーン」はありですよね。このくらいであればたいていの日本人がすんなり理解できそうです。
      いずれにしても、「壁スクリーン」や「ウォールスクリーン」のように、簡潔なものが状況に合っていますよね。
      批判されているみなさんが、「『壁に映せ、再生』の方がよい」と何の疑いもなく思われて理るようで、本当に不思議です。

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